頭上に広がる紺碧の夜空に沢山の星々の瞬きが鮮明だった。今日は月が無い、新月だったようだ。
初秋の夜風は少しだけ冷たさを含んでいるが、まだ震える程の寒さでは無い。
キルシュは着の身着のまま、女学院の夏制服を纏ったキルシュは一人……否、一羽の鳩を連れて伯爵家へと続く穏やかな坂道を下りながら、ぼんやりと空を眺めて歩んでいた。
その表情は、どこかせいせいとしており、先程までの暗さが無かった。
「勢いだけで、本当に屋敷から出てきちゃった……」
キルシュは歩みつつも後ろを振り返る。後方には明かりが消えた屋敷の輪郭だけが闇にぼんやりと浮かんでいた。
──何の為に生きるんだ? おまえは、自分の存在意義をどうしたいの?
突如として現れた〝喋る鳩〟に訊かれた事に、キルシュは今も尚、答えも出せずにいた。
だが、考えるよりも身体が動くのは早かった。
『分かった。出て行く。後で考える』と、鳩にそう言って、最低限の荷物を肩掛けの鞄に詰めた。そうして……
探さないでください、兄様さようなら。
出来損ないの妹より
そう、書き殴って家出した。
しかし、玄関から出れば間違いなく、使用人にバレてしまう。そこで、すぐに浮かんだ脱出方法は窓からだった。
自室の窓を空けて、能有りの力を使った。植物の蔦を生やし、近くの木に結びつけて飛び移り……そうして、あとは蔦を伝って木を降りた。
そうして思いの他、簡単に脱出に成功してしまったのだ。
ほんの少しだけ運動神経が良かった事も幸いしただろう。しかし。まさかこんな事に自分の力が役立つとは思わず、キルシュ自身も驚いてしまった。
「私の力って、夜逃げや家出に向いてたのね……なんか結構便利かも」
普段遣うなと制限しているものだ。それなのに、こうも簡単に思い通りに扱えてしまうとは。そして、家出を成功させてしまうとは。
ちょっとした達成感があった。
少しだけ誇らしげに、嬉しくなって言うと、キルシュの肩に留まった鳩はケラケラと無邪気な笑い声を上げる。
『そいで、徒花のお嬢様。この後はどうするのさ?』
「どうするって、どうすればいいのよ?」
訊かれた事をそのままそっくり返せば、鳩はキルシュの耳を噛む。
「痛ったぁ!」
『馬鹿か! おまえ! そんなの自分の脳みそでしっかり考えろよ!』
「だっ